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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)690号 判決 1982年10月27日

控訴人・附帯被控訴人 青木鉛鉄合資会社

右代表者無限責任社員 青木陸弘

控訴人・附帯被控訴人 伊東林平

右両名訴訟代理人弁護士 小川修

被控訴人・附帯控訴人 奥山幸重

右訴訟代理人弁護士 松村正康

主文

原判決中控訴人・附帯被控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。

右取消部分につき被控訴人・附帯控訴人の請求をいずれも棄却する。

本件附帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人・附帯控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)ら代理人(以下「控訴代理人」という。)は、「原判決中控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。右取消部分につき被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄却する。本件附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人(以下「被控訴代理人」という。)は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決を次のとおり変更する。控訴人らは被控訴人に対し、各自金九一六万八八七〇円及びこれに対する昭和四九年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は附帯被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示(原判決二枚目表一一行目から同六枚目裏八行目まで)と同一であるから、これを引用する(《証拠関係省略》)。

1  請求原因3のうち「労働者災害補償保険法所定の傷害等級三級と認定された。」を「被控訴人の傷害は、昭和五二年八月一七日王子労働基準監督署長により労働者災害補償保険法施行規則別表第二の第三級の六号に該当する旨認定された。」と補正する。

2  請求原因4(原判決三枚目表九行目から四枚目表六行目まで)を次のように改める。

4 本件事故により被控訴人に生じた損害は、次のとおりである。

(一)  入院雑費 金一万五五〇〇円

一日金五〇〇円として入院期間三一日分。

(二)  付添費 金一〇九万五〇〇〇円

食事、用便等に介助を要したので、付添費一日金一〇〇〇円として退院後三年分。

(三)  休業補償費 金二三三万二八八七円

被控訴人は、本件事故前三箇月間に一日金五七〇〇円の平均賃金を得ていたが、昭和五六年五月二〇日控訴人青木鉛鉄合資会社(以下「控訴会社」という。)を解雇された。被控訴人は、本件事故発生の日である昭和四九年一二月一九日から右解雇の日まで合計二三四四日間本件事故による傷害が原因で就労することができなかったから、その間の休業による損害は合計金一三三六万八〇〇円(5,700円×2344=13,360,800円)となるが、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)等から休業補償費等として次のとおり合計金一一〇二万七九一三円を受給したから、これを控除すると金二三三万二八八七円となる。

(ア) 労災保険休業補償給付金 金二三九万五九八〇円

(イ) 右傷病補償年金 金四八三万六五一二円

(ウ) 健康保険障害年金 金三七九万五四二一円

(四)  慰藉料 金九〇〇万円

慰藉料は、入院分金二〇万円、通院分金一八〇万円及び常に労務に服することのできない症状による苦痛分として金七〇〇万円の合計金九〇〇万円を相当とする。

(五)  弁護士費用 金六五万五〇〇〇円

被控訴人は、昭和五二年九月二二日弁護士松村正康に本件訴訟追行を委任し、手数料等として金一五万五〇〇〇円を支払った(財団法人法律扶助協会が立替払)ほか、報酬として金五〇万円を支払う旨約した。

(六)  過失相殺

被控訴人は、本件事故による損害の発生につき過失があることを認めざるを得ず、過失相殺によりその三割を減額されてもやむを得ない。

(七)  合計 金九一六万八八七〇円

本件事故により被控訴人に生じた損害の合計額は、右(一)ないし(五)の合計金一三〇九万八三八七円からその三割を減額した金九一六万八八七〇円となる。

3  請求原因6(原判決四枚目表一一行目から同裏四行目まで)を次のように改める。

6 よって、被控訴人は、控訴人らに対し、本件事故による損害賠償金として各自金九一六万八八七〇円及びこれに対する本件事故発生の日以降の日である昭和四九年一二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  請求原因に対する控訴人らの認否3(原判決五枚目表五行目)を次のように改める。

3 同3のうち、被控訴人の傷害が昭和五二年八月一七日王子労働基準監督署長により、労働者災害補償保険法施行規則別表第二の第三級の六号に該当する旨認定されたことは知らない。

その余の事実は否認する。

4 同4は争う。ただし、(三)の事実のうち被控訴人が(ア)、(イ)、(ウ)の合計金一一〇二万七九一三円を受給したこと、及び(六)の被控訴人に本件事故による損害の発生につき過失があったことは認め、これを援用する。

5  同5は争う。

5  控訴人らの抗弁1ないし3(原判決五枚目表七行目から同裏末行まで)を次のように改める。

1 (控訴会社)

控訴人伊東林平(以下「控訴人伊東」という。)は、熔接工として十分な経験と技能検定資格を有し、かつ、他人と争うなどの非行歴もなく、年齢、人格等に格別欠けるところのない人柄であり、しかも、本件事故発生時までに相当の期間控訴会社において作業に従事しており、控訴会社にはその選任についての過失はない。

更に、控訴会社は日ごろから従業員に対し、仕事中はけんか、口論を一切しないよう厳重に注意していたところであるし、控訴会社は、その事業を三部門に分け、一つの部門に属する者が他の部門に属する者に干渉せず、役員のほかに工場長、班長を置いてこれらの者が直接監督に当たっていた。本件事故当時、工場には被控訴人及び控訴人を含め三名が作業していたにすぎず、監督者が現場で直接監督する必要のない状態であった。控訴会社には控訴人伊東の事業の監督についての過失はない。

2 (控訴人ら)

右に述べたように、三部門制をとっている控訴会社においては、加工部門に属する被控訴人と熔接部門に属する控訴人伊東との間においては上命下服の関係はなかった。しかるに、被控訴人が控訴人伊東に対し、被控訴人がしていた仕事の仮止め作業をするよう命じたので、控訴人伊東はその猶予を求めたのであるが、被控訴人が「先輩の言うことが聞けぬのか。」と言ったため口論となり、被控訴人がいきなり控訴人伊東の胸元につかみかかってきたので、控訴人伊東は、この侵害行為から自己の身体を守るため、やむなく被控訴人の手を振り払ったにすぎず、控訴人伊東の右行為に違法性はない。

3 (控訴人ら)

仮に控訴人らの損害賠償義務が免れ得ないものであるとして、右に述べたことから明らかなように、本件事故の発生につき被控訴人にも落度があって、これが本件事故発生の一因となっており、被控訴人にも本件事故による損害の発生につき過失があるというべきであるから、損害賠償額の算定に当たっては被控訴人の右過失をしんしゃくすべきである。

6  抗弁3の次に次の抗弁を追加する。

4 被控訴人は、本件事故による傷害を原因として次のとおり合計金五四七万

九七九八円の給付を受けたから、これを損害額から控除すべきである。

(ア)  労災保険休業特別支給金 金七九万五〇六〇円

(イ)  同傷病補償年金 金一八八万三八七二円

右は、被控訴人が第二審口頭弁論終結時までに給付を受けた労災保険傷病補償年金総額金六七二万三八四円から、被控訴人が請求原因4(三)において受給の事実を自認して本訴請求額から控除した金四八三万六五一二円を除いた金額である。

(ウ)  同傷病補償特別年金 金一四五万四三九五円

(エ)  同傷病補償差額特別年金 金一九万五八七〇円

(オ)  健康保険障害年金 金一一五万六〇一円

右は、被控訴人が第二審口頭弁論終結時までに給付を受けた健康保険障害年金総額金四九四万六〇二二円から、被控訴人が請求原因4(三)において受給の事実を自認して本訴請求額から控除した金三七九万五四二一円を除いた金額である。

7  抗弁に対する認否(原判決六枚目表二行目)を次のように改める。

1 抗弁1は否認する。

2 抗弁2は否認する。本件事故当時の被控訴人と控訴人伊東の年齢を考えると、被控訴人が控訴人伊東に腕力でかなうはずもなく、控訴人伊東の行為は「已ムコトヲ得ズシテ」した防衛行為とはいえない。

3 抗弁3のうち、被控訴人に過失があることは認める。

4 抗弁4のうち、被控訴人が控訴人ら主張の金員の給付を受けたことは認める。しかし、そのうち労災保険休業特別支給金七九万五〇六〇円、同傷病補償特別年金一四五万四三九五円、同傷病補償差額特別年金一九万五八七〇円は、年金たる保険給付ではないから、これを損害額から控除すべきではない。

8 《証拠関係省略》

理由

一  《証拠省略》によると、次の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  控訴会社は、化学工業用機械の製作、設置及びこれに附帯する配管工事の設計施行等を主たる営業目的とする会社であり、被控訴人は、製罐工(臨時職員)として控訴会社に雇用されて製罐、加工の作業に従事していたもの、控訴人伊東は、熔接工(臨時職員)として控訴会社に雇用されて電気熔接の作業に従事していたものであって、雇用されたのは被控訴人の方が早く、年齢は昭和四九年一二月一九日当時被控訴人が六八歳(明治三九年一二月一五日生)、控訴人伊東が三四歳(昭和一五年七月二七日生)であった。右両名は、常に共同して作業をするという関係にはなかったが、作業内容や作業工程の関係から、被控訴人が鉄板を加工し、控訴人伊東がそれに熔接をするという関係にあり、その仲に特段の問題はなく、控訴人伊東が被控訴人の自宅に遊びに行くこともあって、私えんを抱くような間柄ではなかった。

2  控訴会社は、訴外日産エンジニアリング株式会社から昭和四九年一二月二三日の納期でボイラー用煙突の製作を受注し、工場長石井昇(以下「石井」という。)は、この製作を被控訴人及び控訴人伊東に命じた。右両名は、同月一八日同社の現場に赴いて必要な計測をし、図面に基づいて被控訴人が板金加工をし、その後控訴人伊東が熔接をすることにして作業の手はずを整えた。その際、被控訴人は、煙突の重量が五〇〇キログラムくらいになることから、通称陣笠と呼ばれる上部天蓋に煙突を釣り上げるためのフック(釣金具)を付ける必要があると考えていたが、控訴人伊東は、その必要はないと考えていた。

3  翌一九日は、従業員の多くは朝から出張工事の現場に出て、工場内には被控訴人、控訴人伊東及び訴外広瀬清一(以下「広瀬」という。)が残り、作業に従事していた。被控訴人は、まず煙突の本体を製作し、次いで煙突の天蓋を作った。被控訴人は、控訴人伊東に天蓋の継ぎ目部分の熔接を依頼した。

4  被控訴人は、控訴人伊東が天蓋の熔接を終えたので天蓋に取り付けるフックの製作に取り掛かることとし、控訴人伊東にフックを作るよう頼んだところ、控訴人伊東は、もともとフックを取り付ける必要はないと考えていたことから、工場内に置いてあった廃品の中から太さ二五ミリメートルくらいの鉄線を探し出して、これを付けたらどうかと言ったところ、被控訴人は興奮して語気強く「馬鹿野郎。そんなもの付けられるか。」と罵声を浴びせたため、控訴人伊東もとっさに「何。この野郎。」と応じて、いきなり両手で被控訴人の首を押さえ、あお向けに押し倒して、鉄板を敷き詰めた工場のコンクリートの床に押し付けた。被控訴人は、控訴人伊東が手を緩めたすきにいったん起き上がったが、再び同様に押し倒された。控訴人伊東は、被控訴人の上に中腰になって更にその腕と肩の辺りを押さえ付けたが、丁度そのころ用便から帰った広瀬が仲裁に入って二人を止めた。被控訴人は、控訴人伊東の右加害行為により頸部捻挫、左側胸部挫傷の傷害を負った。

右認定の各事実によると、被控訴人の右傷害は、控訴人伊東が、控訴会社の工場内で就業時間中にその事業執行の過程において、作業の内容、方法についての被控訴人との意見の食い違いから、暴力を振るって加害行為に及んだため、これにより生じたものということができるから、控訴人伊東が控訴会社の事業を執行するにつき被控訴人に対してした右認定の暴行により生じたものというべきである。

なお、控訴会社は控訴人伊東を雇用していることを否認するのであるが、《証拠省略》によると、控訴人伊東は、本件事故の二、三年前から引き続き控訴会社において熔接工として働いており、工場においては、控訴会社の指揮命令系統に従い工場長又は班長の指示を受けて作業をしていたこと、その勤務時間や仕事の内容は一般の従業員と異なるところがなく、賃金も日給制で支給されていたことが認められる(《証拠判断省略》)のであって、これらの事実からすれば、控訴人伊東は民法七一五条一項にいう控訴会社の被用者に当たると解して妨げない。

二  控訴会社は、控訴人伊東の選任及びその事業の監督について相当の注意をした旨主張する(抗弁1)ので判断するに、《証拠省略》によると、控訴人伊東は、昭和三四年に高校を卒業後、神戸製鋼株式会社で熔接工として教育訓練を受けた後、二、三の会社で熔接工として働き、その間熔接技量検定に合格して資格を取得したこと、そして、本件事故の二、三年前から控訴会社に継続して勤務するようになったが、その性格は人付き合いも良く、人柄も穏やかであり、同僚といさかいを起こしたこともなかったこと、控訴会社の当時の従業員は約一五、六名くらいで、社長以下の役員は主として営業を担当し、工場は石井工場長の統括の下に班長二、三名が配置され、従業員は罫書き、製罐加工及び熔接の三部門に分けられ、それぞれ直接工場長又は各班長の指揮命令を受けて作業をする組織になっていたこと、したがって、別個の班に属する被控訴人と控訴人伊東との間には上下の命令服従関係はなかったこと、本件事故当時工場に残って作業していたのは被控訴人と控訴人伊東及び広瀬の三名のみで、班長は全員が出張工事に出ており、工場長は工場から約一〇メートル離れた事務室にいたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。しかし、右認定の各事実をもってしては、控訴会社が控訴人伊東の選任及びその事業の監督につき相当の注意をしたものとは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。控訴会社の右主張は理由がない。

三  控訴人らは、控訴人伊東の本件加害行為は、正当防衛に当たる旨主張する(抗弁2)ので判断するに、控訴人伊東は当審における本人尋問において、被控訴人が控訴人伊東の作業服の胸元辺りにつかみかかってきた旨右主張に沿う供述をしているのであるが、右供述は、あいまいで要領を得なかった同人の原審における供述とは一変して明確かつ断定的であるところ、その変転について合理的説明がなく、これを措信することはできない。他に被控訴人の侵害行為の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、控訴人らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  そして、本件事故により傷害を受けた被控訴人のその後の病状等について検討するに、この点についての当裁判所の認定及び判断は、原判決一〇枚目表一一行目から同裏一行目にかけての「証人黒沢正明」を「原審証人黒沢正明」に改め、同裏一行目の「原告本人尋問の結果」を「被控訴人の原審及び当審における各供述」に改め、同裏四行目の「なお右各証拠によれば、」の次に「被控訴人が」を加え、同裏六、七行目の「約九八日が通院加療を受けた日であること」を「昭和五〇年一月二七日から同年二月二八日までの三三日間が入院した日数、その余が通院して治療を受けた日数であること」に改め、同一一枚目表三、四行目の「事実をうかがうことができる。しかし、同証拠によると」を「ことが認められるが、右各証拠によると」に改め、同五、六行目の「わずかに一、二パーセント」を「多くても一〇パーセント」に改め、同六行目の「本件事故による外力」を「控訴人伊東により被控訴人の頸部に加えられた力」に改め、同八、九行目の「相当強い外力であったことが推測され」を「相当強いものであったことが認められるのであって」に改め、同裏二、三行目の「重篤な症状を呈することを認識し得べきであったこともうかがえる」を「重篤な傷害を負わせることもあり得ることを認識すべきであったといわなければならない」に改め、同裏六行目の「同証拠」を「原審証人黒沢正明の証言」に改め、同裏八行目の「、証人黒沢正明の証言によれば」を削るほか、原判決理由四(原判決一〇枚目表一一行目から同一二枚目表一行目まで)の理由説示と同一であるから、これを引用する。

五  そこで、本件事故により被控訴人が被った損害の額を算定する。

1  入院雑費 金一万五五〇〇円

前認定の入院期間(被控訴人主張の三一日を限度とする。)及び傷害の程度を考慮すると、一日当たり金五〇〇円とするのが相当である。したがって、三一日分で金一万五五〇〇円となる(500円×31=15,500円)。

2  付添看護費 金一〇九万六〇〇〇円

《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和五〇年三月一日に退院してから三年を超える期間ほぼ毎日通院し、その期間中手足の筋力の低下などにより食事や用便が不自由で介助を必要とし、そのため内妻中村はる江がその介助をしたことが認められる。そして、右認定事実によると、右介助に要した付添看護費用は、一日当たり金一〇〇〇円とするのが相当であるから、三年分で金一〇九万六〇〇〇円となる(1,000円×(365×2+366)=1,096,000円)。なお、請求原因4(二)の「金一〇九万五〇〇〇円」は「金一〇九万六〇〇〇円」の違算と認められる。

3  休業補償費 金一〇五四万五四六五円

《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和四九年一月から一二月までの間に給与及び賞与として金一五八万三〇九四円の収入を得ていたから同年中(一月一日から一二月一八日までの三五二日間)の一日当たりの平均賃金は金四四九七円であったこと、被控訴人は製罐のほか罫書もできる経験豊かな製罐職人であり、本件事故当時六八歳になったばかりであったが、健康で体もよく動き、日常生活も元気で、本件事故前三箇月間で合計八九時間の残業をするほどであったこと、及び被控訴人は、昭和五六年五月二〇日控訴会社を解雇されたことが認められ、右事実によると、被控訴人は、本件事故により負傷しなかったとすれば、右事故の日から右解雇の日までの二三四五日間は控訴会社に勤務して一日当たり金四四九七円の平均賃金相当の収入を得ることができたものと推認することができる。被控訴人は、本件事故前三箇月間の平均賃金五七〇〇円により休業補償費を算出すべきである旨主張するが、《証拠省略》によると、本件事故前の三箇月(一〇月から一二月まで)間は、年間の稼働日数が一月平均一七・四五日であるのに対して二二・一六日と多く、また年間合計一三七・五時間の残業のうち八九時間が右三箇月間のものであることが認められ、この事実に被控訴人が臨時職員であったことをも併せ考えると、一月から一二月までの賃金を基礎として一日当たりの平均賃金を算出するのがより合理的であると考えられる。

そうすると、本件事故による傷害のために被控訴人が就労することができないことによって生じた損害は、金一〇五四万五四六五円となる(4,497円×2345=10,545,465円)。

4  慰藉料 金一八〇万円

前認定の本件事故の態様、被害の程度、被控訴人の病状、入院、通院期間その他本件口頭弁論に現れた諸般の事情を考慮すると、本件事故により被控訴人の被った精神的苦痛を慰藉するのに相当な金額は金一八〇万円とするのが相当である。

5  損害のてん補 金一四〇六万二三八六円

控訴人らは、被控訴人の被控訴人が本件事故による傷害を原因として労災保険等から休業補償費等として金一一〇二万七九一三円を受給した旨の陳述を援用するほか、他に(ア)労災保険休業特別支給金七九万五〇六〇円、(イ)同傷病補償年金一八八万三八七二円、(ウ)同傷病補償特別年金一四五万四三九五円、(エ)同傷病補償差額特別年金一九万五八七〇円、(オ)健康保険障害年金一一五万六〇一円の合計金五四七万九七九九円の給付を受けたから、これを損害額から控除すべきであると主張する。そこで判断するに、被控訴人が右合計金五四七万九七九八円の給付を受けたことは当事者間に争いがないところ、右のうち(ア)労災保険休業特別支給金、(ウ)同傷病補償特別年金及び(エ)同傷病補償差額特別年金は、労働者災害補償保険法一二条の八に規定する保険給付ではなく、同法二三条の規定に基づき労災保険の適用事業に係る労働者の福祉の増進を図るための社会復帰の促進、療養生活の援護など労働福祉事業の一環として給付されるものであって、労働災害により労働者が被った損害のてん補を目的とするものではないから被控訴人の被った損害額を算定するにつきこれを損益相殺の法理によりその損害額から控除することはできないものと解するのが相当である。そうすると、損害額から控除すべき金額は金一四〇六万二三八六円となる(11,027,913円+1,883,872円+1,150,601円=14,062,386円)。

そして、右の各給付は、休業補償給付金、傷病補償年金及び障害年金の給付名義をもってされているのであるが、被控訴人に生じた治療関係費や慰藉料と休業による損害は、本件事故により被控訴人に生じた同一の身体傷害を原因とする損害の費目にすぎず、これらの各費目について計上される金額は被控訴人が被った損害を金銭的に評価するための資料となるにすぎないから、労災保険(健康保険)給付がいかなる給付名義をもってされたものであるかを問わず、本件事故による身体傷害を原因とする損害のてん補の実質を有するものである限り、これを全損害に対するてん補がされたものとして損益相殺するのが相当である。

6  以上によると、当裁判所が本件事故により被控訴人が被った損害として認定した右1ないし4の合計金一三四五万六九六五円の損害は、過失相殺による減額の当否及びその割合を論ずるまでもなく、既に全額てん補されていることになる(13,456,965円-14,062,386円=-605,421円)。なお、被控訴人が損害として主張する弁護士費用金六五万五〇〇円については、弁論の全趣旨によりその主張する事実は認められるが、本件訴訟において本訴請求中右弁護士費用を除く部分については結局認容されない結果となり、しかも前記認定の損害のてん補も本訴提起とは関係なくされたものと認められるから、右弁護士費用は、本件事故により生じた損害ということはできない。

六  以上の認定及び判断の結果によると、被控訴人の本訴請求は、全部理由がなく失当として棄却すべきものであるから、これと結論を異にする原判決は被控訴人の請求を認容した限度で取消しを免れず、また、附帯控訴も理由がない。よって、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消して右取消部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却するとともに、附帯控訴を棄却することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 近藤浩武 渡邉等)

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